これも、別にカーフリーデーの写真ではありません。この広場はかつてはクルマ通りの激しいところで、人通りもまばらだったとか。それが今では、1年中カーフリーのせいか、本当に驚くほどの人であふれかえっています。これは、柵のある方のオープンカフェですが、線路の反対側にもカフェがあり、そこは手を伸ばせば、トラムに触れるくらい、すぐ横をトラムが走っていきます。
これは、カーフリーデーの写真ではありません。でも、モンペリエもこの年、カーフリーデーに参加をしています。カーフリーデーではありませんが、街の中心部の広場へつながるこの道は、1年中カーフリーゾーン。モンペリエは、トラムを通して街の中心の広場にクルマを入れなくしたため、街がものすごく賑わっています。トラムを通すには広い道路がなければ・・・というけど、
モンべりエでは、こんな通りでもクルマを止めてトラムを通しています。クルマが通らなくても、
低床のとてもかわいいトラムのおかけで、移動には困りません。別のトラムの駅では、ホームの反対側にバスが止まり、バスとの乗り換えもとてもスムーズ。
これは、ジャンヌ・ダルクで有名なオルレアンのトラムです。小さな落ち着いた街のせいか、トラムの幅は小さいのですが、自転車を置く専用のスペースがあります。カーフリーデーの写真ではありませんが、フランスでは都市を走るトラムには自転車をのせることができるという見本です。オルレアンを訪れた日は日曜日でした。フランスは日曜日には、商店街もデパートもお休み。そのため、トイレを探すのも大変なほど、閑散として開いている店はありませんでした。
これは、リヨン市のポスター。モンペリエでも、パリでもポスターはあったのですが、こちら側にカーフリーデーの知識がなかったため、見過ごしていました。このポスター、あちこちにあるけど、何のポスター?と思っていました。だって、すべてフランス語ですから。トラムの視察ツアーに出かけたつもりだったので、カーフリーデーのことをこのときは、あまり知りませんでした。
これは2001年9月22日、カーフリーデー当日のナントの街です。無料のレンタサイクルとカーフリーデーをアピールするためのブースが、通りのあちこちに現れます。この日は、土曜日であったため、家族で街に大勢出てきていました。
これは、9月22日のカーフリーデー当日、通りに立てられたテントの中で、カーフリーデーの意義を書いたチラシやはがきやパンフレットを置いて、趣旨を市民に理解してもらうためのコーナーです。テーブルクロスまで、カーフリーデー共有のデザイン。
9月22日当日の様子です。柱に或青いポスターがカーフリーデーのポスターです。ここはかつで、8車線の道路でした。そのため街は2つに分断され、街の賑わいが失われていきました。そこにトラムを導入し、歩道を拡張。現在は4車線の道路ですが、ゾーン30の規制がかけられ、クルマは30キロ以上では走れません。、ゾーン30のエリアでは、歩行者は基本的にどこから渡ってもOKだそうです。
もちろん、カーフリーデーでもトラムは通行がOK。
2001年9月22日の一こまです。幹線道路だけではなく、そこに通じる道も封鎖するので、多くの人出が必要です。ナントの昼間は半そでで充分ですが、朝はまだ寒く、封鎖を担当する人たちはかなり防寒をしていました。別の封鎖口では、カーフリーデーを知らずに入ろうとして注意を受けていたクルマもありました。
この年は、ニューヨークのテロの直後のため、パリなどの大都市では規模が縮小しておこなわれました。
オープンカフェのところでも書きましたが、かつて自動車であふれていたというこの広場は、クルマの入らないカーフリーゾーンに変わりました。おいしいレストランやデパートなど、街の商業施設はこの近くにたくさん集まっています。この広場にあるトラムの駅は、木で出来ていて船のデッキ風です。どうして休みでもないのに、こんなに人がいるのか不思議でした。
2001年、横浜と姉妹都市のリヨンは始めてカーフリーデーに参加。そのため、数日前から9月22日にこの道は封鎖されることを、チラシを配って知らせています。地下鉄の駅を降りたら、こうして配っていました。Tシャツとポスターが大変印象的。